守りたいもの
自分を偽ることをおぼえたのは、いつだろう。
人の為と書いて、偽り。
私が私を偽るのは、誰の為なのだろうか。
私ですら結論が出ていないのに、遥か昔から存在する漢字は知っているのだ。
ひとのためだと。
となりの誰かが泣いた。
なぜ泣いたのか、分からない。
でも、泣いているのだけはわかる。
何も悪いことはしていないのに、心がチクチクと痛む。
なぜだろう。
心がチクチクと痛むのに、その子の頭をそっと撫でることはできない。
なぜだろう。
どうしたの。大丈夫?
そっと近寄ると、触れる事なく声をかけた。
大丈夫。
涙にぬれた頬を一生懸命拭きながら、彼女は笑った。
赤い瞳と、目が合った。
僕の心がズキンと音をたてた。
大丈夫なはずがないだろう。
背を向けて俯く彼女の背中に腕を回しかけて、やめた。
これ以上立ち入るな、そう言われた気がしたのだ。
もちろん彼女がそういったわけではない。
しかし、彼女の痛みを知るということは、彼女の弱さを知ることだ。
僕が、彼女が、見ることあるいは見られることを望んでいないなにかが、
僕の前に立ちふさがった気がした。
僕はそっと立ち上がった。
何も言わずに頭をなでると、僕は静かにそこから離れた。
僕は何を偽って、何を守ったのだろうか。
彼女のすすり泣きが、後ろから聴こえてきた。